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王潮(おうちょう、?年 - 898年)は、中国五代十国時代の十国の1つである閩の初代皇帝の兄。字は信臣、光州固始(現在の河南省固始)の人。
唐末に固始県史に任じられる。僖宗中和元年(881年)、寿州(現在の安徽省寿県)の首領である王緒により軍正に任じられる。中和五年(885年)王緒に従い福建に転戦したが、王緒の猜疑心に反感を抱き叛乱の兵を起こし王緒を捕らえた。翌年泉州(現在の福建省泉州市)を攻略し、福建観察使陳巖により泉州刺史に任じられた。
陳巖の死後、王潮は堂弟の王彦復、弟の王審知に命じ福州(現在の福建福州)を攻撃し、景福2年(893年)に攻略した。その後勢力を現在の福建省全域に拡大し、福建観察使、威武軍節度使に封じられた。乾寧4年12月6日(898年1月2日)に薨去し、唐朝より司空が追贈され、弟の王審知がその地位を継承した。
王潮兄弟は中原より多くの族人を率いて移住したため、現在でも福建、台湾の王姓の始祖とされている。